13.02.22

 ネロが焦がれたルーベンス + 「怖い絵」

今日も仕事が終わらない。
パトラッシュ、僕はもう疲れたよ・・・。


『フランダースの犬 』

完結版『フランダースの犬 』DVD

あの時のネロと同じような気持ち(?)で、私も今、ルーベンスの絵を眺めています。
デスクに置いた卓上カレンダー。「大エルミタージュ美術館展」で昨年購入したものですが、2月を飾っているのが、ちょうどルーベンスの絵だったのです。
(ネロが見たのとは別の絵ですが)

前ブログで書いた名古屋遠征。実はミュージカル観劇の他に、この展覧会(in名古屋市美術館)訪問も目的の一つでした。

訪れたのは、『怖い絵』シリーズなどでお馴染み、中野京子氏の記念講演開催日。
到着した開演1時間前には既に満席。さすが中野先生、大人気です!
私は立ち見で参加しました。


『怖い絵 泣く女篇』文庫

「絵を見るのに理屈なんていらない。ただ感じればいいんだ。」という人がいます。
確かにそういう絵もあるのでしょう。でも、絵を描くことに意味があった時代、その時代特有の風俗や背景を知らなければ、感じるものも感じられない。
そんなことを教えてくれたのが中野氏でした。


「たとえばドガの踊り子の絵。当時のパリの常識では現代と全く異なりバレエはオペラの添え物でしかなく、バレリーナは下層階級出身の、娼婦と変わりない存在でした。それを知っているといないのとでは、ドガの作品が与える印象は180度といっていいほど違ってくるのではないでしょうか。」

                            (中野京子著『「怖い絵」で人間を読む』より)

絵画を「読み解く」ということ。
私のように絵心皆無な人間にとって、ただ「感じろ」というのは存外にハードルが高いもの。
だけど時代背景や人物の関係性などの予備知識を持って、そこに込められただろう想い、繰り広げられたかもしれないドラマを妄想しながら眺めることを始めると、それが俄然面白くなってくるのですo(*^^*)o。


『「怖い絵」で人間を読む』
お話は面白く、サインもいただき、満足しました

「歴史は勝者が作るもの。」
「見方を変えれば、物事はまったく違ったふうに見えてくる。」

講演会での中野氏の言葉はウィキッドにつながり、また以前聴いた吉村作治氏講演会でのお話も思い出されました。

「海の魚たちを描いた壁画(とか道具)があったとする。それを見た人はまず、昔この辺りは海に近かったのだと思うだろう。でも実際にはその時代、そこは海からかなり離れていたことが分かったりする。遠いからこそ、めったにお目にかかれないからこそ、いつか見た(聞いた)海や魚に憧れる。身近にあるものでなく、憧れや渇望を描き残すということもある。」
その話を聞いた時、「目から鱗」がボロボロとこぼれ落ちたような気がしました。
魚だけに・・・・・・(^^;) 。


『ルーベンス ネロが最後に見た天使』

ネロも焦がれたルーベンス。
カレンダー掲載作品の他、展示の中にあったのが「ローマの慈愛」。
これがなかなかの衝撃作でした(゚д゚)。
「これぞ究極の慈悲!親子の絆!」と感動する人もいるのでしょうが、人間が未熟だからか、母性が欠けているせいか、私は生理的にちょっと・・・と思ってしまいました。
ネロ、ごめん。

とはいえ、巨匠といわれる画家たちでも、ゴッホをはじめ生前ほとんど評価されていなかったという人は多く、逆に現役時代は人気があっても、それが後世まで続くという人もまた、まれだといいます。
生前から名声を博し、現在に至るまで高い人気を保ち続けているルーベンスが、とても稀有な存在であることは間違いありません。

ルーベンスの他にもレンブラントやモネ、セザンヌ、ピカソ、マティスなど、時代・ジャンル共に幅広い作品が展示されていました。
レンブラントがよかったなぁ。

公式MOOK

『ロマノフ王朝の至宝』

コメントをどうぞ