▼‘アート’ カテゴリーのアーカイブ

14.10.31

ニッポンの「カワイイ」

少し前の話になりますが、岡山県立美術館で開催中の
「光琳を慕う 中村芳中展」に行ってきました。

『光琳を慕う―中村芳中』

日本画というと、ちょっととっつきにくい印象もあるかと思いますが、芳中さんの絵は、何だかとってもカワイイのですo(*^▽^*)o
チラシにあった、ま~るいコロコロのわんこ絵が一番の目あてだったのですが、花も木も、あらゆるものが丸くて可愛かったです♪
口を開けてボーッと(?)佇む緊張感ゼロの鹿や鳥、どこかのゆるキャラみたいな子もたくさんいて、見ているこちらの口元も自然とゆるんでくるのです。
そんなステキなカワイイ展なのに、来場者は少なめで、何だかもったいないなーと思いました。
「中村芳中」といわれても、ピンとこない人は多いと思うので、もっと「カワイイ」を前面に打ち出せばいいのに、と思いました。


『かわいい琳派』

できることなら円山応挙や神坂雪佳、長沢芦雪とかの作品も集めて、「ニッポンのカワイイ展」にすれば、「日本画とかよくわかんない」っていう女子とか、もっとたくさんの人に見てもらえるのにな~、と思いました。
あ、東京ではそういうの、やってたみたいですね。
次回は岡山でも是非、開催してほしいです!!


『かわいい江戸絵画』

展覧会は、岡山県立美術館で11/3(月)まで開催中です。

芳中さんの絵の可愛らしさには現代にも通じる魅力があり、そういうものを見ていると、かわいいを愛でるメンタリティ」みたいなものは、かなり昔から、日本人には備えられていたのではないのかという気がしてきます。
そういえば、そんなことが、この本にも書かれていました。

『人びとのかたち』(改訂版)

「Kawaii」も今や、世界共通語だといわれています。
2年前のNY、感謝祭パレードで、それを実感する出来事がありました。

老舗デパート「Macy’s(メイシーズ)」主催のこのパレード。
山車やピエロ、マーチングバンドに有名キャラクターの巨大バルーンなどが、マンハッタンの中心部約4kmを練り歩くのですが、その時、栄えあるトップバッターとしてやってきたのは、なんと日本のキティちゃんなのでしたー。
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(著作権に配慮し、目線を入れております)

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観衆の大歓声を受けながら進んで行くキティバルーン。
その時、私の近くで
「Kitty cha—-n!! Ka—Wa–i—-i!!」
と叫ぶ、背の高いyoung manがいました。
この時、アメリカでのキティちゃん人気は本物、そして日本の「Kawaii」も、世界で認知されているのだと強く感じました。

この子もいました!「ピカ☆」
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この黄色い子も、大人気でしたよ!

そういえば今年、サンリオ社長から発せられた
「キティちゃんは猫じゃない」発言は、
アメリカをはじめ、世界を震撼させたようです。(^^;)
そんなキティちゃん、明日11/1は、生誕40周年のお誕生日なんだとか。
おめでとー!★:゜*☆※>(’-'*)♪オメデトウ♪(*’-')<※★:゜*☆

14.06.10

ボストンの北斎、日本に里帰り中

先日、神戸市立博物館で開催中の「ボストン美術館 浮世絵名品展 北斎」に行ってきました。
世界屈指の日本美術コレクションで知られる米国・ボストン美術館所蔵の北斎作品の数々が、現在日本に里帰り中なのです。
代表作「冨嶽三十六景」や「諸国瀧廻り」、「百物語」などの他、世界中でボストン美術館にしかないという珍しい作品も出品されています。
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絵画には全く詳しくない私ですが、なぜだか浮世絵はとっつきやすく、面白いな~と思っていました。
マンガチックなデフォルメ具合に惹かれるのかもしれません。

今回の北斎作品、緻密さや躍動感の素晴らしさはもちろんのこと、そこに描かれた当時の風俗そのものにも興味をそそられます。
「○○という版元から出版されたものです」などという説明があると、「版元(出版社のこと)」っていう言葉もこのころからあるんだよなぁと、しばし感慨にふけったりもしてみました。
また、解剖学的にみてもかなり正確だという骸骨や、西洋絵画を意識したと思われるもの、だまし絵(隠し絵?)みたいなものなど、実験的試みや遊び心のあるものも多く見られ、晩年になってなお、
猫一匹すら(満足に)描けねぇ
と嘆いたといわれる北斎のあくなき向上心、好奇心をうかがうことができます。


『もっと知りたい葛飾北斎―生涯と作品』

そして浮世絵といえば、歌舞伎とも縁が深いということで、音声ガイドのナビゲーターは四代目市川猿之助さんでした。

『祝!四代目市川猿之助襲名記念 僕は、亀治郎でした。』

その猿之助さんも出演されていた「伝統芸能の今」という公演が先月倉敷でありました。
津軽三味線と狂言のコラボ、津軽三味線をバックにした猿之助さんの創作舞踊、一つの演目を狂言と歌舞伎で演じるなど、異ジャンルのアーティストたちによるコラボレーション、すごく面白い舞台でした。
「ゴールドリボン」と「世界の子どもにワクチンを」のチャリティー企画ということで、演者さんたち自ら募金箱を持ったり、客席を回ってのプログラム(手ぬぐい付き)販売などもされていました。
かなり間近で拝見した猿之助さんのお顔(たぶんすっぴん)は、毎日白塗り厚塗りしているはずなのに、スベスベつるつる、すごくキレイでびっくりしました!秘訣を教えてください!!
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昨年あたりから、様々なジャンルのコラボ芸術舞台をいくつか見る機会がありました。
それらの斬新な試みは「邪道」といわれることもあるでしょう。
ですが素人にとっては、とっつきやすくて面白い。
入り口としては、そういうものもあってよいのではないかと思います。

そして時には、そんな素人目線、というか「外からの視点」というのが大きな意味を持つことがあります。
明治維新以降、西洋志向が強まり、伝統文化は軽んじられていった。
多くの日本美術品が市場に放出され、二束三文で扱われたといわれています。
そんな時、日本美術に魅せられ、価値を認めたのは異国の人々でした。


『ボストン美術館秘蔵 スポルディング・コレクション名作選』

素晴らしい日本美術品の多くが今、ボストンにある。
それを文化財の海外流出と捉えると残念な気もしますが、その後の歴史を考えると、もしも海を渡っていなければ、現在まで残ってはいなかったかもしれない、とも思えます。
そして何より、今なお鮮やかな色彩を放つ北斎作品の、その保存状態のよさに、とても大事にされてきたのだということが見てとれ、「ボストン、ありがとう!」 という感謝の思いで一杯になるのです。

今回出品されている作品は、少なくとも今後50年間、他館への貸し出しはもちろん、ボストン美術館においてですら公開はしないといわれています。
人気のため混雑は必至ですが、興味がおありの方は、この機会に是非!!


『北斎決定版』

海外では「BIG WAVE」と呼ばれる「富嶽三十六景・神奈川沖浪裏」。
それにインスピレーションを受けて作られたのが、ドビュッシーの代表作、交響詩「海」。

「ドビュッシー:管弦楽曲集」

20世紀を代表する建築家、フランク・ロイド・ライトも浮世絵に魅せられた一人でした。
ボストンの大富豪、ウィリアム・スチュアートとジョン・テイラー・スポルディング兄弟がボストン美術館に寄贈した多くの浮世絵版画は、当時日本に滞在していたライトを通じて購入したものなのだそうです。

フランク・ロイド・ライトの建築遺産

朝一が比較的すいているとの噂ですが、私は土曜日限定の「イブニング・レクチャー(学芸員さんによる展覧会の見どころ解説)」狙いで、夕方5時前に到着しました。
その時点で45分の入館待ち!!
ですが、展示コーナーには入れずとも、レクチャーの行われる講堂には入れるのです!
何だかお得!
土曜日夕方、お薦めです!

13.12.11

小津安二郎監督、没後50年を前に<2 映画感想>

「あとから、せんぐりせんぐり生まれてくるわ」
-『小早川家の秋』(小津安二郎 脚本・監督、
  原 節子、中村鴈治郎、森繁久弥他 出演、東宝、1961)-


「あとから、せんぐりせんぐり生まれてくるわ」

「せんぐりせんぐり」とは、「繰り返して、順繰りに」との意味。関西の言葉でしょうか?起源の古い言葉なのでしょう。
この短い台詞に、吉田喜重監督が評論の中で繰り返し述べている「小津映画の小津映画たるゆえん」が垣間見えた気がしました。

エンディングも近づいた一場面、珍しく端役での登場だった農夫役 笠智衆さんの台詞です。
晴れ渡る秋の虚空に突き出した火葬場の煙突から噴き出す煙。
川岸で農具を洗いながら、夫婦の農夫がそれを眺めている。
若い人だったら気の毒だと同情する妻にこたえて、夫は冒頭の台詞をひとり言のようにつぶやくのです。

短くてさりげないため、聞き逃してすらしまいかねないこの台詞こそ、他の作品には見当たらない小津監督自身の独白、自らの死生観をつぶやいたものに他ならないと私には思えました。

「元来、人は来る日も来る日も昨日と同じ生活、反復を続けるもの。変わらぬ日常こそがドラマであり、そのドラマを撮り続けることを小津監督は自らに課したのではないか」

と評論『小津安二郎の反映画』の中で著者 吉田喜重監督が推察していますが、これを受け、僭越にも私は次のように思いました。
――親から子へ、子から孫へと、人びとは次の世代にバトンを繋ぎ、「血」が守られ生活が受け継がれていく。絶えることのない反復。それを最小限の言葉で端的に語ったのが、冒頭の台詞に他ならないのではないか。

――何も起こらぬ日常こそがドラマ……。逆説的ではあるが、小津映画を語る上でこれ以上の真理は見当たらないのではないだろうか?だからこそ、俳優たちは過剰な演技を一切排し、ごく自然に振る舞うことを徹底して求められたのではないだろうか。

「小早川家の秋」は松竹ではなく、東宝映画作品として作られ、封切られた作品です。
印象的なカラー、おなじみのカメラアングルなど映像はいつもながらの魅力あふれるものですが、松竹作品とはどこか違っていて、出演陣も、原節子さんら小津組のレギュラー陣に加えて中村鴈治郎や東映の個性派俳優、森繁久弥、宝田明、小林桂樹、新珠三千代がずらっと顔を並べ他流試合のイメージもあります。

それでも、相変わらず女優さんらは皆とても美しいし、秋真っ盛りの大阪、京都の古い街並を美しく切り取った枕カット等、小津監督ならではの熟練の技、演出が冴えわたっています。

また、この作品に限ったことでなく、小津映画のもう1つの得がたい魅力として、脚本や演出で家族を思いやる人びとの美しい心持、そして美しい穏やかな日本語を丹念に描いていることが挙げられると思います。

「秋日和」で親子を演じたばかりの原節子さんと司葉子さんが義理の姉妹に姿を変え、京都・嵐山の桂川のほとりを会話を交わしながら歩くシーンがありますが、画面から美しい日本人の心がにじみ出てくるようで清清しい感動を覚えます。

小津監督の映画作品が欧米など海外で高く評価されていますが、1つには、こうしたつつましくて美しい日本人の姿が好感を呼び、作品の評価につながっているのではないかとも思われ(勝手な解釈ですが)、日本人であることを非常に嬉しく誇らしく思う気持ちになれます。

1960年の「秋日和」に続いて主演した原節子さんにとって、この映画は最後の小津監督作品の出演となりました。
小津監督の没後、一切の芸能活動を中止して引退した女優 原節子としても最晩期の作品といえると思います。



「小早川家の秋」(小津安二郎 脚本・監督、
 原 節子、中村鴈治郎、森繁久弥他出演、東宝、1961)

13.12.11

小津安二郎監督、没後50年を前に<1 読書感想>

平成25年12月12日は戦前から長く活躍し、戦後「東京物語」(1953、松竹)をはじめ輝かしい名作を数多く残した映画監督 小津安二郎氏が60歳の誕生日に他界してから50度目の命日になります。

数限りなくある小津映画論の中でも決定版と言えるのではないかと思う、松竹の後輩にあたる映画監督 吉田喜重氏の小津映画評論『小津安二郎の反映画』を読み返し、小津監督晩年の作品『小早川家の秋』DVDを再鑑賞しました。
長くなったので、評論と映画の2つに分けて、感想を綴りました。



映画はドラマだ、アクシデントではない
-『小津安二郎の反映画』(吉田喜重著、岩波現代文庫、2011)-


「映画はドラマだ、アクシデントではない」
これは、他界する1か月前に病床の小津監督を見舞った吉田監督と妻である女優の岡田茉利子さんが帰る際、小津監督に掛けられた一言です。

同じ年の正月に開かれた新年会での一幕、そしてこの一言の真意を探り、また代表的作品の脚本やカットを数多く取り上げて、大胆かつ細心にその精神的支柱をさぐり、自らの言葉で結論付けた著者。30代半ばで召集され、経験した軍隊生活の影響を色濃く残しながら、戦後の作品で確立するにいたった「反映画」ともいうべき唯一無二の個性がスクリーンを超えて見えてくる気がします。



小津安二郎の「反映画」とは
戦前のサイレント映画時代からのキャリアを持ち、特に戦後の作品群は日本映画の黄金期を飾る名作として国内外で高く評価されている小津映画。その本質が「反映画」であると著者 吉田喜重監督は説いています。これはどういうことか?

著者は注意深く作品を眺め、小津監督の映画に向かう内なるスタンスを2つの根拠から「反映画」として導き出していました。1つは「カメラで切り取られた画面は真実を映し出してはいない」と、技術としての映像化に疑問を呈し、背を向けていること。もう1つは「映画を観る者すべてが映像から共通の意味を読み取ること」に懐疑的であること。

それゆえ、小津映画においてカメラはただ冷徹に静謐に、そこにある事実を映し続けるのみとなっています。これは素人である私たち観賞者にも一目で分かる、小津映画最大の個性ですよね。多くの監督や観客の持つ映画の概念とは対極の考え方、アプローチであり、著者が「反映画」との表現を用いた理由のようです。



僕はトウフ屋だからトウフしか作らない
「最大の魅力が「反映画」であること」
と言わざるを得ないように、小津映画は一筋縄でいかない、時には矛盾をもはらむものとなっているのですが、小津監督は自らをトウフ屋つまり職人(≠芸術家)になぞらえ、家族の物語を描き続けることを宣し、映画に限りない愛情を持ち、遺作となった『秋刀魚の味』で自らのターニングポイントとなった『晩春』を再現してみせたように絶えず映画と、家族と向き合い続け、輝ける名作の数数を世に遺しました。

この評論は、そんな小津映画への深い敬愛の念を根底に持ちながら、ただ賛辞のみを展開するものではありません。深い洞察は、ある部分では私たち素人の浅はかな思い入れを根底から覆されもします。しかし、取りも直さずそれは『小早川家の秋』を手始めに、今一度違った視点から小津映画を楽しむ喜びを与えてくれるものに他ならないと思います。



『小津安二郎の反映画』(吉田喜重著、岩波現代文庫、2011)



13.09.02

地味さは普遍性の証し ― 奈良県中山間地区の人びとを描く河瀬直美監督 ―

先日、訪問した奈良の先生に一服のお茶をいただき、奈良の茶畑で撮った美しい映像を思い出しました。
カンヌ映画祭でグランプリを獲得した 河瀬直美監督の 『殯の森』(2007年、日本・フランス) の一場面です。

「奈良ってお茶どころなんですってね。きれいな茶畑を映画で観たことがあるんです。」
思わず、そう話しかけたところ、すかさず

「その映画 『殯の森』 でしょう?河瀬監督はお住まいがご近所みたいなんですよ、
あちらは私のことを知らないけれど。ときどきお店なんかで見かけるんです。」

とのお答え。

河瀬監督の名前が先生の口から出るとは正直予想していなく、いささか面食らいました。
しかも地元奈良県といえ、「ときどき見かける」とは…。

奈良県を拠点に子育てしながら独自の作風の映画や小説を発表している河瀬直美監督は、カンヌでは新人賞 (1997年の 『萌の朱雀』) とグランプリの受賞、2013年には審査員として招かれるなど、高く評価され知名度も十分ですが、作品は地味そのものだし、公開は小規模でロードショーなどは一切ありません。

正直なところ、私もカンヌの受賞作という情報に興味があって最初 『萌の朱雀』、次いで 『殯の森』 と観てみたのですが、いくつかのエピソードが交えられてはいても基本的に淡淡と静かに進んでいくため「え、これが?」というのが偽らざる第一印象でした。

そこで、相手の先生もまさかご存じではないだろう、と勝手に決め込んでしまっていたのですが、 映画の撮り方や観方にルールなどないし、撮る目的、観る目的は人それぞれです。

奈良県の中山間部に暮らす普通の人びとの日常に題材を求めながら、
「人が生きること」 「次世代へと命をつなぐこと」
等を普遍的なテーマとして掲げていると、この画面下方のTED x Tokyo での語りや他で語っていることからは推測され、そのことは

「自ら披露しているその生い立ちや幼いころの体験に深く根ざしている」

と考えられるし、日本的な美しい吉野の山河を織り交ぜながら、自然光の下、自然なアングルで、まるで自分の家族がしゃべっているのを近くで聞いているように見える独特の映像(しかも出演者は大半が素人)は、やはり TED x Tokyo での語りにある、

「人が生きた証しを映像に残し、(その人がいなくなった後も)再生できることの素晴らしさ」

を映像で表して見せたものかなと思います。
不思議な感触をもつ河瀬監督の映画を言葉の壁を超え受け止めるフランスの人びとの感性、その懐の深さには改めて感銘したし、河瀬監督自らの発案による 「奈良映画祭」 などを通じて、奈良県民の方にはその存在がきっとお馴染みなんでしょうね。
さすが地元、たいへん失礼しました。


河瀬 直美監督が「映画の価値」について語った Ted x Tokyo でのトーク

『萌の朱雀』 で主役に抜擢された、奈良県五條市の当時の中学3年生 尾野真千子さんは、今や実力を兼ね備えた人気女優です。私も大好きだな。
出演作 『そして父になる』(是枝裕和監督) が2013年のカンヌ映画祭審査員特別賞を受賞しました。

ちなみにお茶は奈良産ではなく、先生の長野県在住のご親戚が無農薬で有機栽培されたものでした。とてもおいしかったです。


「殯の森(もがりのもり)」(2007、日・仏。脚本・監督:河瀬直美。出演:尾野真千子他)


「萌の朱雀(もえのすざく)」(1997、日。脚本・監督:河瀬直美。出演:國村 隼、尾野真千子他)

13.08.25

ジャンゴ 繋がれざる者 ― 改めて、祝!2作品連続オスカー(助演男優賞)受賞! ―

エンターテインメントに込められたメッセージ
痛快な西部劇仕立てではありますが取り上げられている題材は重くてシリアスなもの。
19世紀、アメリカ南部テキサス州やミシシッピ州の荒野、または綿花農場を舞台とする、アウトローと賞金稼ぎ、そして保安官。支配者層と黒人奴隷らによるスリリングなストーリーの作品です。
西部開拓の陰で白人社会の犯してきた過ち…黒人奴隷という歴史の負の部分が取り上げられています。
次のような、教育的とは対極の、しかしリアルな設定や台詞も随所に盛り込まれています。

※ マンディンゴ=奴隷デスマッチなどという、これが事実なら相当ショッキングな
   19世紀の支配層にとっての“エンターテインメント”。
※ ”NIGGER” という差別用語が連発。スコセッシ監督のオスカー受賞作
   “ディパーティッド” 中の “F**K” を思い出した…。

ただ、そうした過去の米国が犯してきた過ちから目を背けることなく、史実を正面から受け止め、反省から出発しようという気概のようなものを感じるし(リアルさの追及という意味で、 “NIGGER” は必要だったのだろう)、作品自体は往年の西部劇の名作へのオマージュ(作品名は無学にて特定できず)にあふれたエンターテインメント作品なので、嫌悪感を抱くようなことはありませんでした。
もちろん、これまでのこの監督作品と同様、血はたくさん流れるし、人によって好き嫌いの分かれる(少なくともデート向きではない)作品ではあるでしょうけれど。


挿入曲のひとつ ジム・クロウチ の ” I GOT A NAME ” 。70年代テイストに溢れていて、タランティーノのニュー・シネマへの憧憬が見て取れますね。

哀愁のメロデイに70年代ポップス…マカロニウエスタンかニューシネマか
これまでのタランティーノ作品同様、挿入歌がセレクト、タイミングとも絶妙過ぎるほどにツボをついてきます。音楽が作品にアクセントとテンポを与え、2時間半以上あるのに中だるみを一切感じませんでした。映画だけでない、監督の音楽に対する造詣の深さを感じます。
テーマ曲“DJANGO”、エンリコ・モリコーネによるオリジナルの哀愁溢れるメロデイ、そして曲名は分かりませんが一聴してそれと分かる70年代の珠玉のポップスなどが流れると、私のような“素人”でも一瞬にしてフランコ・ネロやジュリアーノ・ジェンマの マカロニウエスタンニュー・シネマ “ 明日に向かって撃て ” が脳裏をよぎるし、引きずるような重いヒップホップは黒人奴隷らの支配層に対する秘められた憤怒の心情を表すようでした。

ハリウッド・スターを食う存在感!ずる賢くて冷徹なドイツ人
演技陣の中では、 レオナルド・ディカプリオジェイミー・フォックス といったハリウッドスターらに囲まれて、前作 “イングロリアス・バスターズ” に続く2作連続のタランティーノ映画への出演、そして2作連続オスカー受賞の クリストフ・ヴァルツ の存在感が際立っています。前回と同じく、紳士的な所作でありながら、その素顔は冷酷で狡猾な、多国語を操るインテリのドイツ人というキャラクターは、2作目にしてすでに「はまり役」という感を強く抱かせ、これからもぜひ続けて観てみたいキャラクターになっています。

メッセージ性あるいはヴァルツの演じたキャラクターを考えても、エンディングでナチスドイツの非人道性に鉄槌を浴びせた前作との一連性を感じさせる作品でした。
タランティーノのジャンルを問わない映画フリークぶりは本当にすごいし、明確なメッセージを発信するようになったことで作品が一層の輝きを持ち始めた気がします。
いつか 「武士道」 をテーマに、黒沢明監督や小林正樹監督へのオマージュとなる日本の時代劇を撮ってくれないものでしょうか。



「ジャンゴ 繋がれざる者」(2012、米。脚本・監督:クエンティン・タランティーノ。出演:レオナルド・ディカプリオ、ジェイミー・フォックス、クリストフ・ヴァルツ他)

13.08.13

見た目は無愛想な49歳のおっさんだけど…。― ジョニー・マー『ザ・メッセンジャー』 ―

1980年代半ば、英国インディー・ロック・シーンに勃興した 「ネオアコ(ネオ・アコースティック)・ムーヴメント」 が隆盛を極めました。私が20歳のころです。
アズテック・カメラやフェルトら、今の季節よりもう少し暑さが収まって過ぎゆく夏を惜しむ頃に聞きたい、切なさを感じる好バンドが多数輩出されました。
(古い感傷に浸る話ですみません!)

中でも、モリッシーとジョニー・マーのコンビを中心にネオアコ・ムーヴメントの中心バンドだったのがザ・スミスです。
活動期間は約4年と短いものでしたが、モリッシーの書く文学的で繊細、ときに辛辣な詩とマーの書く切ないメロディー、そして切れのいい軽やかなストロークやリリカルなギター・リフはそれまで聞いたことがないほど鮮烈な個性に溢れ、同世代ということもあって素直に共感できるものでした。

ロックミュージシャンの概念を覆すようなモリッシーという個性派シンガーをバンド結成に際し自宅から連れ出したこともその功績に数えられるギタリスト ジョニー・マー。熱心なファンに加えてミュージシャンにも信奉者の多いマーが5月にザ・スミス解散後25年目にして待望の1st ソロアルバム “ ザ・メッセンジャー ” をリリースしました。

 ↓ ザ・スミスが脳裏によみがえる!新譜 “ ザ・メッセンジャー ” より
   ” New Town Velocity ”


ドラムス以外をすべて自分でプレイし、アレンジ、プロデュース、スタジオ・ワークとすべてを自ら手がけた12曲。
まず際立つのは天賦のメロディーセンス!ザ・スミス時代と変わることない切なく繊細なメロディー、鳥肌立ちます。
一方、ザ・スミスのサウンドに見られた2つの大きな個性(ポリシー)、
「ディジタルメソッドを使用しない」ことと「コーラスワークがまったくない」
ことは時代相応の適度な味付けとして取り入れられ変化が見られますが、あくまでサウンドの根幹はリリカルなギター・リフや軽やかなストロークなど端正なギターの音色です。ファンが待ち望んでいたマーがここにやっと帰って来てくれた、と歓喜する思いでした。

元相棒のモリッシーもこのところ持ち味を遺憾なく発揮した充実作を連発している今、ザ・スミスを旅立った2人の稀代のアーティストが元気な姿で輝いているのを見られることは、多感な時期に彼らのメッセージに触れ、アーティストとして、同世代の若者たちとしてリスペクトしてきた1人として幸せです。
モリッシー作品にマーの影を探すことも、マーの客演と裏方ばかりの活動に「もっと表に出てやってくれないかなあ」ともどかしさを感じることも、この分だともう必要ないのかな。



[” THE MESSENGER ” HOSTESS, 定価2,490円]

13.07.13

切腹~三國連太郎さんの死去に際して再鑑賞(かなり遅いですが)~

モノクロの自然光を生かした映像、低くて重いゆっくりと発せられるオープニングのナレーション、そして静寂。このような静けさの醸し出す緊張感は日本特有のものです。

1962年に公開された時代劇の名作 『切腹』(松竹) は、こうして観る者すべてにサスペンスを予感させながら幕が上がります。ぞくぞくする、スリリングこの上ないオープニングです。

戦が無くなり、仕官の道が断たれた(仕事が無くなった)下級武士の悲哀をリアルに感じさせ、その日の暮らしすらおぼつかない中でも武士たちが尊重する 「武士道」 とは何なのかを問いかける脚本が素晴らしく、仲代達也、三國連太郎、丹波哲郎らの重厚な演技と、悲哀・苦痛・残酷・冷笑などさまざまな人間の感情を陰影濃く捉えたモノクロ映像にひと時も目をそらすことはできません。
ラスト近く、尾羽打ち枯らした津雲半四郎が武家に伝わる祖先の甲冑に倒れ掛かるシーンがこの映画のテーマを象徴しています。

1962年のカンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞。国内よりも海外(欧米)で注目され、高く評価される作品というのがときどきありますが、この作品も典型的なそれだと思います。



まだまだ観たい昭和の名優、名演技

三國連太郎さんが亡くなった後、5月にこの映画と『復讐するは我にあり』(今村昌平監督)、そして『戒厳令』(吉田喜重監督)を借りてきて再鑑賞しましたが、この『切腹』も含めて「娯楽」と呼べる要素はほとんどなく、社会派ドラマだったり観念的な作品だったりで、観ていて何かを考えさせられるものばかりでした。

返して言えば、単にその時面白ければいい、というのでなく、観る者の記憶にいつまでも残る、深い感銘を刻み込むことを目指したような作品に、三國さんという役者さんは特に欠かせない存在だったのではないでしょうか。

政治的理由でもあるのかDVD化されていないのですが、『閉鎖病棟』で知られる帚木蓬生原作の日本アカデミー主演男優賞を受賞した主演作『三たびの海峡』をいつかぜひ観たいです。
きっと原作同様、一度観たら忘れられない映画だと思います。



「切腹」(1962、日本。監督:小林正樹 主演:仲代達也、三國連太郎)

13.07.08

ニーチェの馬~馬も“目”で名演技してます~

葬送曲のようなバイオリンの引き摺るような音色。
風が吹き荒び、陽光は厚い雲に遮られている。
不安感をあおり、観る者に胸騒ぎを覚えさせるファーストシーン。

        「ニーチェの馬」

ハンガリー映画界の巨匠 タル・ベーラ監督が自ら最後の作品と公言するこの映画を見て、まず印象的だったのはワンカットの異常なほどの長さです。先のファーストシーンをはじめ、ほぼすべてのカットで5~6分は当たり前。なのにその間セリフは断片的でわずかなもの。
じれったいとすら思えてくる長ーいカットは、

すぐそこにあるのに、手に入れるにはたくさんの手続(ルーチン)と長い時間を要し、ただの1つも端折ってはごく当たり前の暮らしさえ送ることができない…。

とでも言わんばかりに主人公の貧しい農夫父娘のもどかしさ、生きにくさを象徴しているかのようです。
そして、物語の間じゅう音を立てて吹き荒れる暴風。馬は動かずどこにも行けない。水汲みのため家と井戸を往復、あるいは家と馬小屋との往復だけの日日。淡淡と過ぎてゆく「昨日と変わらない」貧しい農夫父娘の時間。吹き荒れる風の中、窓から見える景色も同じ。

やがて、ありふれた毎日の中、2日目、3日目、そして4日目と、連日のように奇妙で微かな「ずれ」が起こり、それまで何年も変わることのなかったであろう父娘の日常は少しずつ揺さぶられていく…。そして暴風が過ぎ去った後に来たものは…。

「長い時間をかけて少しずつずれが生じ、いつの間にか(だれも気付かないうちに)後戻りできない大きなずれになっている…。」

これは、映画監督 吉田喜重氏が分析する小津安二郎監督の家族観、小津監督が一貫して作品に「家族」を取り上げては描き続けた普遍的な家族のありようですが、様相はかなり異なるものの、自らの運命を自ら選ぶことはできない、という点でこの作品にも同様の世界観を感じました。

小津監督が「昨日と変わらない1日」を短いカットで淡淡と描く一方、それが大きなずれを生むまでを気が遠くなるほどの長い年月で表現していくのに対し、
あたかも何かが起こるようで結局何も起こらない長い長いカット、でも気付けば毎日のように何らかの「ずれ」が起き、主人公を追い込んでいくことなど、その手法は対照的と言っていいほど違います(そもそも作品中で父娘が家族であると意識させる場面がほとんどない)が、ひとびとの暮らしが内面、外面(ひとびとを取り巻く環境)両方の影響によって少しずつずれていくこと、その行く末はたとえ自分でも予期することはできない…という普遍的なテーマを感じました。

終始、まったくと言っていいほど愛想がない作品ですが、それにしても画像の重厚さには引き込まれっぱなしで、オープニングで抱いた胸騒ぎが止むことは最後までありませんでした。


[2011、ハンガリー・フランス・スイス・ドイツ合作、タル・ベーラ監督]

13.06.17

ブリキの太鼓 ―せっかくなのでディレクターズ版も…観たいなあ―

1979年、私がまだ高校生の頃に名作の呼び声高く、カンヌ映画祭のグランプリ「パルム・ドール」とアカデミー外国語映画賞をダブル受賞した映画

        「ブリキの太鼓」

は、第二次大戦前夜、ドイツ、ポーランド国境近くに存在した自由都市ダンツィヒ(現在はグダニスク)を舞台にしたドイツ人のノーベル賞作家 ギュンター・グラスの小説(主人公の設定は作者本人かな?)の映画化です。

ディレクターズカット版のBlu-rayディスク発売(2012年11月)を祝し、でもオリジナル版ノーマルDVDで、今さらながら鑑賞しました。なんでオリジナルやねん…。

独立都市国家という特異性とそのロケーションからナチスによる侵攻の最初の標的となり、ナチス・ドイツとポーランドとの激しい綱引きに晒されたダンツィヒ。
ドイツ人、ポーランド人、そしてカシューヴ人とそれぞれに立場が異なり、それゆえ運命が大きく左右されてしまう家族の人びと。

第二次大戦前夜から終戦後にソ連軍が進軍してくるまで、という、どう料理しても暗くならないわけのない舞台設定であり、ストーリーですが、主人公オスカル少年の “超能力” のためか、どことなく寓話的というか幻想的で、観終えた後不思議な余韻を引く映画でした。

ただ、時代背景を象徴するのか、あるいは人間の内面を表現したのか、原作に忠実ということのようですが、かなりダークでおどろおどろしい描写もあり、確かに「名作」ですがその点は好き嫌いが分かれそうです。

原作を読んだわけではないので分かりませんが、自らドイツ人の父とカシューヴ人の母を持つ作者 グラスはドイツ人として史実を冷めた視点から伝承し、その時代の空気やそれぞれの立場でダンツィヒに生きた人人の心持を代弁する役割を自ら担ったのかな、と思いました。

ところで、ドイツ人でもポーランド人でもなく、帰属する土地が無いからと、少数民族 カシューヴ人という自らの出自を嘆く祖母のシーンも印象深く観たその日(6月16日)の夜、安部首相の東欧訪問、ポーランド共和国のドナルド・トゥスク首相との会談、そして共同声明の模様がニュースで流れました。
トゥスク首相はカシューヴ人とのことです。
タイミングの良さもあり、過去の背景などまったくの無知だった私ですがこれにはちょっと感動を覚えました。
かつての自由都市ダンツィヒは、今ポーランド最大の港湾を抱く都市グダニスクとなっています。



[1979、西独・ポーランド・フランス・ユーゴスラビア合作、フォルカー・シュレンドルフ監督]

※ オリジナルから31年、20分に及ぶ未公開シーンを収録しています。