先週末、台風12号は岡山に上陸し、私の住む地域では小学校の裏山が崩れて校舎内に土砂が流れ込み、3日間の臨時休校を余儀なくされました。再開後も一部の学年は近隣の中学校を借りて授業をしているようです。
平日で児童がいたら、あるいは(避難所指定されているため)ここに避難してきている人がいたら…と思うと空恐ろしくなりますが、せめてもの救いに人的被害はここ岡山ではありませんでした。
紀伊半島を中心として大きな被害を受けた地域の皆様には、謹んでお見舞い申しあげます。
一階部分が完全に埋まった郷内小学校の校舎(授業は8日から再開しました)
10年が経ち、そして半年が経ちました
さて、今日は9月11日。ニューヨークで起こった同時多発テロから丸10年。同時に東日本大震災から半年です。
テロと自然災害、経緯はまったく異なりますが、一瞬でおびただしい数の人びとに苦痛と悲しみを与えたカレンダーの対角上になる2つの大惨事は今後20年、50年、100年といったスパンで人びとの記憶に刻まれることでしょう。
どちらも繰り返し起こってはいけないこと。人として記憶に刻み続けなくてはならないことだと思います。
小津安二郎監督の“反戦”について
私がこよなく愛して止まない映画に「晩春」「麦秋」「東京物語」「秋日和」「秋刀魚の味」他、小津安二郎監督の戦後の作品があります。
小津安二郎は戦前戦後を通じて活躍した松竹の映画監督で、サイレント時代の喜劇映画も有名ですが戦後に撮った松竹の10本と他社の2本の計12作品は特に名高く、国内・海外の数多くの映画監督に多大な影響を与えた偉大な監督です。
ただ、観た人すべてが同じ感想を抱くように、その作風は一貫して
「ありふれた庶民の日常生活」
「平凡な家族の当たり前の生活」に起こった小さなできごと
を冷静な視点で捉えた、とても穏やかな、見ようによっては退屈と思えるほど淡淡としたものです。大きな事件や派手なアクションは一切ありません。
ただ、静かでさりげないがゆえに強くて重い主張を感じずにはいられない、そういう場面がどの作品にも必ず織り込まれています。
小津監督は昭和12年に34歳で召集され、ほぼ2年の間、中国国内を一兵士として転戦しています。毒ガス部隊に配属されるなど、恐らくは人を苦しめ、死に至らしめるような所業にも関わらざるを得ない日日だったと思われます。1903年生まれの小津監督にとって、また恐らくはその時代に生まれた人びとにとって、それは是非を超え、避けて通ることのできない日日だったのではないでしょうか?
そうした自分の体験も間違いなく背景にあって、残虐で非人間的な戦争という悲劇をなぜ人は起こしてしまったのか、声高な主張は一切ありませんが、明確な反戦のメッセージを伝えようとしているのが分かるのです。
「映画はドラマだ、アクシデントではない。」
-小津安二郎監督 語録(吉田喜重氏の回顧より)
松竹で小津安二郎監督の後輩であった映画監督の吉田喜重氏は、著書や対談で小津監督について
「小さなずれを生じながら反復される毎日の生活」 こそが人間の営みである
との視点を持っていて、
「繰り返す毎日、日常にささやかな平和、楽しみ、喜びを見つける」
ことが一貫してその作中に流れるテーマである
と語っています。
そうした本来の姿を持つはずの人間が、時に戦争やテロといった大きな出来事を引き起こすのはどうしてなのか…。
時を超え、戦後10年以上が経過しても変わらぬ視点で淡淡とつづられる庶民生活の場面の数数は、裏返せばそれ自体が人の愚かな習癖に対する疑問であり監督の問い掛けであるかと感じられます。
「映画はドラマだ、アクシデントではない。」
死の床にある小津監督を見舞った吉田監督と妻の女優 岡田茉莉子さんに、病床の小津監督が掛けた生前最後の言葉として吉田監督が紹介しています。戦争や9.11、そういった大きな出来事は絵空事、アクシデント。それに対し、ドラマは毎日繰り返される日常的な営み。そういう自分の考えを伝えたかったのではないかと吉田監督は言います。
人間は本来、繰り返す日常を淡々と過ごす存在であり、人生の中で大きなアクシデントを起こすものではない。
しかし、
一度犯してしまうと取り返しのつかない悲劇となり、一瞬にして発生し、長きにわたって多くの人に苦しみと悲しみを与え続ける、そうしたアクシデントを繰り返してしまうのもまた人間の業
それもまた分かっている。
でも、どうしてそんな必要があるのか?
人間が本来持つ穏やかで平和な面を描き続けた小津監督の映画(ドラマ)を、そこに込められた戦中世代の痛切なメッセージを、その痛みを知らないで育った私たちではありますが、感じ取り次世代へと語り継がなくてはいけないと思います。
[吉田喜重『小津安二郎の反映画』岩波現代文庫、2011. 6(未読了です)]
[日本映画の至宝 小津安二郎監督の作品セレクションⅠ]
[日本映画の至宝 小津安二郎監督の作品セレクションⅡ]