13.09.02

地味さは普遍性の証し ― 奈良県中山間地区の人びとを描く河瀬直美監督 ―

先日、訪問した奈良の先生に一服のお茶をいただき、奈良の茶畑で撮った美しい映像を思い出しました。
カンヌ映画祭でグランプリを獲得した 河瀬直美監督の 『殯の森』(2007年、日本・フランス) の一場面です。

「奈良ってお茶どころなんですってね。きれいな茶畑を映画で観たことがあるんです。」
思わず、そう話しかけたところ、すかさず

「その映画 『殯の森』 でしょう?河瀬監督はお住まいがご近所みたいなんですよ、
あちらは私のことを知らないけれど。ときどきお店なんかで見かけるんです。」

とのお答え。

河瀬監督の名前が先生の口から出るとは正直予想していなく、いささか面食らいました。
しかも地元奈良県といえ、「ときどき見かける」とは…。

奈良県を拠点に子育てしながら独自の作風の映画や小説を発表している河瀬直美監督は、カンヌでは新人賞 (1997年の 『萌の朱雀』) とグランプリの受賞、2013年には審査員として招かれるなど、高く評価され知名度も十分ですが、作品は地味そのものだし、公開は小規模でロードショーなどは一切ありません。

正直なところ、私もカンヌの受賞作という情報に興味があって最初 『萌の朱雀』、次いで 『殯の森』 と観てみたのですが、いくつかのエピソードが交えられてはいても基本的に淡淡と静かに進んでいくため「え、これが?」というのが偽らざる第一印象でした。

そこで、相手の先生もまさかご存じではないだろう、と勝手に決め込んでしまっていたのですが、 映画の撮り方や観方にルールなどないし、撮る目的、観る目的は人それぞれです。

奈良県の中山間部に暮らす普通の人びとの日常に題材を求めながら、
「人が生きること」 「次世代へと命をつなぐこと」
等を普遍的なテーマとして掲げていると、この画面下方のTED x Tokyo での語りや他で語っていることからは推測され、そのことは

「自ら披露しているその生い立ちや幼いころの体験に深く根ざしている」

と考えられるし、日本的な美しい吉野の山河を織り交ぜながら、自然光の下、自然なアングルで、まるで自分の家族がしゃべっているのを近くで聞いているように見える独特の映像(しかも出演者は大半が素人)は、やはり TED x Tokyo での語りにある、

「人が生きた証しを映像に残し、(その人がいなくなった後も)再生できることの素晴らしさ」

を映像で表して見せたものかなと思います。
不思議な感触をもつ河瀬監督の映画を言葉の壁を超え受け止めるフランスの人びとの感性、その懐の深さには改めて感銘したし、河瀬監督自らの発案による 「奈良映画祭」 などを通じて、奈良県民の方にはその存在がきっとお馴染みなんでしょうね。
さすが地元、たいへん失礼しました。


河瀬 直美監督が「映画の価値」について語った Ted x Tokyo でのトーク

『萌の朱雀』 で主役に抜擢された、奈良県五條市の当時の中学3年生 尾野真千子さんは、今や実力を兼ね備えた人気女優です。私も大好きだな。
出演作 『そして父になる』(是枝裕和監督) が2013年のカンヌ映画祭審査員特別賞を受賞しました。

ちなみにお茶は奈良産ではなく、先生の長野県在住のご親戚が無農薬で有機栽培されたものでした。とてもおいしかったです。


「殯の森(もがりのもり)」(2007、日・仏。脚本・監督:河瀬直美。出演:尾野真千子他)


「萌の朱雀(もえのすざく)」(1997、日。脚本・監督:河瀬直美。出演:國村 隼、尾野真千子他)

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