「庭に枇杷 (ビワ) の木があるので、それを目印に来なさい。」
初めて先生のご自宅を訪ねることになった時、そう教えていただきました。
何の科学的な根拠もないのですが、庭に枇杷を植えると縁起が悪い、という他愛もない迷信を幼いころ祖母から聞いたことがあったので、珍しいな (でも夏には毎日枇杷の実を食べられて羨ましい…)、と思ったのをよく覚えています。
岡山市郊外の閑静な住宅地にあるご自宅は、もちろん枇杷の木のおかげですぐに分かりました。―
先ごろ、ある先生から会社に電話があり、枇杷の木がある家の先生が8月に他界された、との報せを受け取りました。枇杷の木がある家の先生が監修され、弊社から出版させていただいた何点かの書籍に共著で加わってくださった先生からのお電話でした。
「え、そんな…。」
思わず絶句し、お報せいただいたことへのお礼を述べるのがやっとでした。
「なぜ?」
―70代半ばの今も毎年3校程度は非常勤講師に行っておられ、また市民講座の講師も務めご壮健そのものであられたはずなのに。
―7月にも枇杷の木のご自宅でお目にかかり、今後の予定を打ち合わせたばかりなのに。
先週、弔問におうかがいして、自宅近くの家庭菜園で倒れ急性心不全のため帰らぬ人となったことを奥様からうかがいましたが、衝撃と喪失感は今も完全には癒えていません。
私がふくろう出版(当時は西日本法規出版)にお世話になることになった1994年、すでに先生のご高著は5~6点に及んでいました。そのうち数点は20年を優に過ぎた今も版を重ね、弊社では他に例を見ないロングセラーとなっています。
哲学という分野によることもありますが、充実した内容、また常に私たち出版社の立場を慮ってくださり現在にいたるまで20年間、1年も欠かすことなくテキストとしてご使用いただいていることの賜物です。
共著者が独自に出版してくださったり、お知り合いをご紹介くださったことも枚挙に暇なく、先生の存在なくして弊社がこれまで歩んでこられたかどうか…。想像もできません。
私は最初お目に掛かったのが担当していた上司の「おつかい」としてでしたが、何も分からなく頼りない素人であったのにいつも優しく気さくに接してくださり、また上司が体調を崩した時には漢方薬を紹介してくださったり般若心経を勧めてくださったり、と公私にわたっていつも気に掛けてくださいました。
日ごろから健康には非常に気を配っておられ、栄養のバランスが良い食事や漢方薬を摂取すること、仏教に範を得、お経を唱えて心の平安を保つこと、さらには合気道を取り入れた「気」や「呼吸」による健康法など持ち前の探究心で幅広く研究され、惜しげもなく教えてくださいました (そういえば、枇杷の葉を煎じて飲むと利尿などの優れた薬効があるとか…)。
それだけに、75歳での突然の他界は何より先生ご自身が思いもよらないことだったでしょうし、残念でなりません。
重ねて書きますが、枇杷の木がある家の先生の存在なくしては、弊社がここまで歩んでこられたかどうか、想像もできません。
お礼は言葉で言い尽くせませんが、これまで本当にありがとうございました。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
ご焼香させていただいた際、祭壇にはめがねや帽子など思い出深いお召し物と並んで、洋画のサウンドトラックCDがお供えされていました。お勧めの洋画を教えていただくことはもうできませんが、幼き者への愛情や幼き日日への郷愁が詰まった、こんな作品がお好きだったのではないだろうか、と想像します。
『ニュー・シネマ・パラダイス(監督:ジュゼッペ・トルナトーレ、1988、伊)』
メインテーマ(エンリコ・モリコーネ作曲)